ふくろうブログ

1999.02.01 ふくろう通信

一木こどもクリニック便り 1999年2月号(通算26号)

こどもの病気の診かたと看かた⑳インフルエンザについて

「今年もまたインフルエンザ流行のシーズンとなり、各地で被害者が相次いでいます。どのくらいの規模の流行になるかはともかく、毎年必ず流行することがわかりきっていますから、流行が始まる前に予防接種をすることが一番有効な対策です。

以前は、インフルエンザの予防接種は、肝心の予防効果がハッキリしないシロモノでしたが、それは、その年に流行する型を正確に予測する手段がなかったため、前年流行した型に合わせてワクチンを製造していたからです。

よく知られているように、インフルエンザウイルスのうち、もっとも強いA香港型と、次に強いAソ連型の二つは、毎年顔つきが変わります。これを抗原変異(こうげんへんい)と呼んでいますが、顔つきが変わるというインフルエンザ特有の性質のために、一度かかって抗体(免疫力)のできた人でも、しばらくするとまたかかることになります。

では、前のシーズンに予防接種をしてかからずに済んだ人や、本物にかかってきつい思いをした人の場合、今シーズンはもう大丈夫か?というとその保証はありません。昨年のワクチンのウイルスと違う型のウイルスが流行ることもありますし、同じA香港型でも、シドニー、横浜、秋田と言う具合に、毎年少しずつ変化していくからです。

一度かかると、同じ型に対しては翌年かかっても軽くて済むのですが、型が違えば話しも違うというわけです。予防接種の場合には、近年、その年に流行するこまかな型をほぼ正確に予測するシステムが確立しました。この予測は高率に当たります。

今年流行している型は、A香港型シドニー株と、Aソ連型北京株、B型北京株ですが、はじめの2者は、昨年から使われているワクチンに入っています。つまり予防接種を受けた方は、当選するとわかっている宝くじを買うのと同じ利益を受けるのです。

さて、インフルエンザワクチンを一回だけ接種した場合の有効率は60%で、無効率が40%と推計されています。そこで2週間位の間隔で2回接種しますと、無効率0.4 x 0.4=0.16すなわち16%が無効で、有効率84%となります。1回接種では6割、2回接種で8割の予防効果と考えるといいでしょう。

乳幼児や小児は、まれに急性脳炎、急性脳症、あるいは心筋炎で亡くなっています。これらは数千~一万人に1人くらいの確率で発生する合併症です。症状は突然におこることがあり、その予測は現在の医学ではできません。予測困難な合併症です。

残念ですが、宝くじと同じで「毎年必ず、どこかの誰かが当たりくじを引く」のです。

高齢者の場合は、肺炎や気管支炎を合併します。もともとインフルエンザウイルスは、呼吸器粘膜が大好きなのですから、肺炎・気管支炎は予測可能な合併症です。

肺炎の大部分は、インフルエンザウイルスそのものによるウイルス性肺炎ではなく、二次感染としての細菌性肺炎と考えられていますが、免疫の弱い高齢者では、ウイルスそのものによって、命とりになるほどの重症肺炎が一発で起こることがあるのです。

インフルエンザは普通のカゼと違って、全身の感染症と考えるべきものです。しかしこれは必ずしも全身にウイルスが広がる、すなわち全身ウイルス血症を起こすという意味ではありません。そうではなくて、インフルエンザは呼吸器粘膜の感染症であるにもかかわらず、全身の強い反応を引き起こすという意味なのです。ウイルスに対して生体が闘うときの、免疫応答や炎症反応が、普通と違っている可能性が高いのです。

とくに免疫力の未完成な乳幼児や、弱っている高齢者が、インフルエンザウイルスと五分の闘いをなしえず、過剰に反応したり、反応不足で敗れ易いと考えられるのです。

アスピリンなどのサリチル酸系統の解熱鎮痛剤が、インフルエンザのときには危険であるのも、これらの薬剤が、生体の免疫応答炎症反応それ自体を不利な方向にねじ曲げてしまう可能性をもっているからに他なりません。

ふくろう通信1月号特別号でも強調しているように、インフルエンザでは、むやみに冷やすよりも(初期には)温める、のがより合理的な対策です。

残念ながら、このことは医師の間でもまだ一般的な認識とはなっていません。急患センターの内科受診者に対して、相変わらず、解熱剤の筋肉注射をしたり、一日3回解熱鎮痛剤の投与を行っているのが実状です。

高熱から脳を保護するためには脳温の上昇を抑えることが大切で、脳の熱を運び去るには、血液の流れ、すなわち心臓の働きを強くし、体のすみずみまでの血のめぐり(末梢循環=まっしょうじゅんかん)をスムーズにすることが必要です。同時にきれいな酸素を十分取り入れるように、肺活量を増やし、呼吸状態を楽に維持できるよう整える必要があります。循環と呼吸がもっとも大切なのです。

ところが解熱鎮痛剤は、ウイルスの増殖を促進するマイナス作用だけではなく、大切なこの循環や呼吸に対しても抑制的に作用することがあるのです。 これらの作用は、アスピリンなどのサリチル酸系統の解熱鎮痛剤だけでなく、ほとんどの解熱鎮痛剤に共通の薬理作用と考えられます。

だから体温測定に血まなこになるよりも、 顔色や手足の冷たさ、排尿状態など循環の指標となる状態と呼吸状態に注意した方が、適切な看護ができるのです。

循環や呼吸が保証されていれば、手足は温かく保てるでしょうし、顔色も体温に応じて紅くなります。オシッコも定期的にでます。こうして脳温の上昇を防ぐのです。

ポットに熱湯を入れて、しっかりフタをし、全体を冷蔵庫に入れた状態を想像してください。いくら待っても中の熱湯が冷えるわけではありません。ただポットのまわりが冷たくなるだけです。高熱でうんうん唸っている病人を氷枕で冷やしたり、解熱剤を使うのは、だいたいこのポットに対するのと同じことをしているにすぎません。

ではポットの中身である熱湯(=脳)を冷やすにはどうすればよいのか? 答えは簡単、ポットのフタをあけて外部と交通できるようにすればよいのです。 このフタを開けるという作業が、生体の場合では何に相当するのか考えてみましょう。

脳の温度上昇を防ぐには、脳内の血流、および全身の血流がしっかりと心臓のはたらきによって支えられていることが絶対の条件です。血流をよくする、すなわち循環状態を良好に保つことが、脳温上昇を防ぐために、いかに大切かがわかるでしょう。 ポットのフタを開ける作業とは、脳と全身の血流を最適に連絡する、という意味です。

循環が良い状態では氷枕も有効ですが、悪い場合には逆効果になることがあります。発熱初期の悪寒(おかん=ふるえ)が強いときには、冷やさずに手足を温めて、ふとんをかけておくほうが体は楽です。たとえ39度、40度あっても、ふるえが強ければ氷枕も使いません。ひたすら水分を与えて、じっと待ちます。

どうしても水分が飲めなくなってしまったら、じり貧になります。循環不全こそはもっともおそるべき状態です。血流がとどこおれば、脳温は上昇してダメージがきます。 飲めないこどもに薬だけやりつづけるのは、百害あって一利なしですから、さっさと点滴するのが良策です。

インフルエンザにかかった乳幼児の場合、当院では2人に1人が、経過中どこかで、点滴をすることになります。脱水対策以外にも、血液を直接冷やす効果もあるので、点滴はかなり有効な方法です。

解熱剤はどうでしょうか?インフルエンザの場合には、アスピリンなどのサリチル酸製剤は、ライ症候群(急性脳症、急性肝不全を同時にともない、死亡率のきわめて高い状態)をひきおこす可能性があるため、15歳未満は使用禁止になっています。

では15歳の誕生日を境に、今日から安全か?といえば、もちろんそんなことはありません。またサリチル酸製剤以外の解熱鎮痛剤なら、安心してどんどん使用しても良いのか? もちろんそれも控えるにこしたことはありません。

さて、ここで薬物治療の基本を再確認しておきましょう。インフルエンザのように、全身の反応が強い病気では、小児に限らず成人でも、解熱鎮痛剤などのブレーキになる薬はなるべく使わず、循環や呼吸に対してアクセルになる薬を主体にする、のです。

話は少し変わりますが、1年前から、私は、宗像市内のドクター数名と一緒に、毎月漢方の勉強会をしており、その会の指導・助言を、麻生セメント飯塚病院漢方診療科のK先生にお願いしております。

K先生は、富山医科薬科大学の和漢診療科で東洋医学を専門に研究・診療されてこられた内科のドクターで、日本東洋医学会認定医、すなわち本物の漢方医です。 K先生に、インフルエンザに対する漢方治療についての基本的姿勢を伺いましたが、インフルエンザという病気を治療せず「インフルエンザの病人」を治す、そうです。

ですから、「感冒、インフルエンザ」に対して保険適応のない漢方薬でも、必要なら患者さんの状態に応じて、どんどん使っていくそうです。例えば、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)や真武湯(しんぶとう)、大青竜湯(だいせいりゅうとう)など。

K先生の考え方は、東洋医学そのものの根本的発想法といえます。 東洋医学は古来、病気のときの安静・保温・栄養(水分)の重要性を説いてきたのですが、同時に、治療において病人の体質や体力、性格までも視野に入れてきたのです。

インフルエンザがいかに恐ろしい病気であるといっても、本来、ほとんどのひとは、自然に治るだけの体力を持っているのです。この自然治癒力を損なわないようにする、それが大切なのですが、もともとその病人の体力を詳しく吟味し、自然の治癒力を最大限に発揮させようと目指す漢方的な診かたが、ぴったりあてはまる病気といえます。

熱があるから解熱剤(げねつざい)、痛みがあるから痛み止め、吐き気があるから、、、 私たちは、そろそろこのような発想を転換する時期にきているように思います。

今回、インフルエンザにかかって苦しい思いをされた患者さんやご家族の方々は、この貴重な経験をムダにされないはずです。この通信でいつも私がくり返しておりますように、「転んでもタダでは起きない」精神で、来シーズンの流行に備えてください。

お知らせ

気管支喘息で定期的に治療を受けておられる患者さんの自己管理用に「喘息日記」を用意しました。国立福岡東病院小児科の山口先生に原案を作成していただき、宗像市郡の小児科医全員で検討・改定して決定したものです。急患センターなど受診の際に利用してください。ご希望の方は受付窓口の職員、または診察の折りに院長まで。

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