ふくろうブログ

受診ノートをつくろう(続き)

野球にたとえて解説をした部分がどうもよく分からん、とのご指摘をいただきましたので、もう少しストレートにお話してみます(あっ、また野球風になってしもうた)。

よくあるパターンで説明します。保育園児の太郎君(4歳)が、ハナミズ、咳、熱がでたためA医師を受診しました。食欲と睡眠はまあまあでした。診断名は急性上気道炎(=カゼ)で、抗生物質の「キンゴロシA細粒」と、セキドメの「ゲホトール」、痰をきる「スベリン」、それにハナミズを止めるという抗ヒスタミン剤の「ズルピタ」を処方してもらいました。

注:急性上気道炎の場合、原因の90%くらいはウイルスで、これには一般の抗生物質は無効である。 太郎君のカゼの原因もウイルスと考えれば、抗生物質はなくてもよいわけであるが、太郎君はいつも中耳 炎や気管支炎を合併しやすい体質なので処方されたらしい。急性上気道炎の原因の残り10%くらいが、 マイコプラズマ、クラミジア、その他の細菌で、これらに対しては、それぞれ有効な抗生物質が存在する。

ここでは、太郎君に処方された「キンゴロシA細粒」という抗生物質は、マイコプラズマやクラミジアには全然効かず、その他の細菌の場合には、菌a、菌b、菌c…にはよく効くのに、 菌x、菌y、菌z…には無効という設定で話しをすすめていきましょう。

太郎君は、A先生の処方してくれたお薬をまじめに飲んでいたのですが、2日たっても熱が下がらず、咳もひどくて昨夜はあまり眠っていません。食欲はないが、お茶は飲めました。少しきつそうですが、歩くことと喋ることはできます。胸の聴診でも雑音が聴こえなかったのですが、こういうふうに熱が上がって咳がいっそうひどくなるのは、肺炎のパターンですから、A先生は定石通りに、胸のレントゲン写真を撮りました。やはり、肺炎でした。 医師会病院に入院を勧めたのですが、下に赤ちゃんがいるため、外来通院を希望されました。

さて、もしも太郎君に取り付いた菌が、菌a、菌b、菌c…のどれかであれば、「キンゴロシA細粒」は、これらの細菌をやっつけてくれたはずだから、ちゃんとお薬を飲んでいて、むざむざ悪化することはないだろう、というふうにA先生は考えました。そして原因はおそらく、菌x、菌y、菌z…のどれか、もしくはマイコプラズマではなかろうか、と推論しました。 菌x、菌y、菌z…を原因として考えるならば、「キンゴロシB細粒」が効くはずですし、マイコプラズマが原因なら、「強力マイコハンドス細粒」が抜群の効き目をあらわします。 菌x、菌y、菌z…か、舞子プラズマ…か、写真を眺めながらA先生の心は千々に乱れます。

そないに悩みはるんだったら「キンゴロシB細粒」と「強力マイコハンドス細粒」の両方まとめて処方しはったらヨロシんとちゃいます? などと考えてはいけないんどす。 副作用のことなど考えると、お薬はなるべく少ないほうがよいのですから。

しかし、レントゲン写真だけでは、原因菌(これを医学用語で、きえんきん起炎菌といいます)はなかなかわかりません。マイコプラズマなどは、レントゲン写真の上では、ありとあらゆる陰影パターンをとることがあります(しばしば肺ガンと誤診されることさえあるのです)。

こんな時には、血液の炎症反応という検査を実施すると、ある程度参考になります。白血球の数、どんなタイプの白血球が増えているか、赤沈(赤血球沈降速度)、CRPなどです。

そして、もっと大切なことなのですが、抗生物質を適確に選択する際は、患者さんの年齢、基礎疾患(もともと持っている病気)の有無、現在何か他の病気(たとえば、抜歯の後)で抗生物質を飲んでいないか、しばしば中耳炎や副鼻腔炎を合併しないか…、などの個人情報のほかにも、その地域の幼稚園や保育園でマイコプラズマ症の流行が見られていないか、などの疫学情報を把握しておかねばなりません。これで起炎菌の推定がかなり可能なのです。

さて炎症反応は予想以上に強くて、舞子はんに心を惹かれながらも、結局、A先生は、菌x、菌y、菌z…の方に賭けて、「キンゴロシB細粒」を処方しました。もちろん太郎君の全身状態を考慮して、点滴を行い、抗生物質「スーパーキンゴロシZ注」も点滴に加えました。 太郎君の回復を祈りつつ、舞子はんに振られた夢をみて、A先生は翌朝を迎えたのでした。

ところが、太郎君は翌朝受診しませんでした。後日、風の便りに、太郎君がB医院を受診し、もう一度レントゲンを撮られ、マイコプラズマ肺炎といわれて、お薬を替えてもらったら1日で解熱したらしい、などということがA先生の耳に入りました。

太郎君のお母さんの考えでは、A医師は肺炎と分かっていて治療が下手だった、B先生に代わったら、マイコプラズマには「キンゴロシB細粒」は効かないから治らないといわれて、マイコプラズマの治療に切り替えたらすぐに治った、B先生って名医だわ。ということになります。それは、A医師(先発投手)の治療内容をB医師(救援投手)に伝えたから。

もし当日A先生をもう一度受診していたら、マイコプラズマの治療に切り替えていたでしょう。それに、もしもA医師の治療内容がはっきりしていなかったら、B医師だって不安になるでしょう。治療途中で、前医に無断で転医することあまり好ましいことではありません。太郎君も2回レントゲンを撮られることになりました。どの医師も今日はA医師、明日はB医師になりうるのですが、時間があれば一人で先発と救援を両方こなせるはずなのです。

A先生に同情しながらも、あえて苦言を呈すれば、頭の中で考えたことを患者さんの側に順序だてて説明していれば、太郎君のお母さんももう1日付き合ってくれたかも知れません。 医師と患者さんのコミュニケーションのために、受診ノートをつくるように勧めるのも以上のような事情があるからです。野球のお話はこれで終り。今日からはサッカーを観ましょう。

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