ふくろうブログ

1997.06.01 ふくろう通信

一木こどもクリニック便り 1997年6月(通算6号)

そろそろ梅雨入りでしょうか、最近いろいろな感染症がテンコ盛りで流行っていて、まるでお子様ランチのメニューのようです。ハシカ、風疹、おたふくカゼ、水痘、溶連菌感染症、夏カゼの仲間、リンゴ病、etc.アメリカでは、MMRVという4者混合ワクチン(ハシカ、おたふくカゼ、風疹、水痘)があるのですが、日本では以前あったMMRワクチンの失敗に懲りて、MMRVの導入には時間がかかりそうです。行政が子どもたちの立場に立っていないからでしょう。

こどもの病気の診かたと看かた⑤受診のあり方について考える

赤ちゃんが一人前の成人になるまでには沢山の病気をします。予防接種や乳児健診も含めると、お母さんは、なんども小児科医院や保健所に足を運ばなければなりません。すなわち、もろもろのやっかいごとすべてになんとか付き合い終って、ようやく一人前のお母さんになれるわけです。そんな病気のことをあれやこれや心配していると、だんだん子育てがうんざりしてきたり、不安で不安でしようがなくなってくることもあるでしょう。子どもさんが一人でもそれだけ大変なのに、2人め、3人めと増えてくると、母親は一日中心配で頭はいっぱいです。とても自分の時間はとれません。まじめで勉強熱心なお母さんほど、育児書に書いてあることを「あらかじめ」マスターしておこうとするからです。ところが、病気は無数といってもいいほどにあります。症状も千差万別です。さらに病気の成り立ち(発症原因)、成り行き(経過)には、個人差、年齢差があります。「あらかじめ」マスターすることは不可能ですし、ナンセンスなのです。

さて、病気に罹った後で、医師からその病気の説明を聴いて「そーか、これがリンゴ病というやつか、そう言えば、育児書に書いてあったし、最近新聞でも読んだぞ、よし、この次は、バッチリ当ててみせよう」などと待ち構えていても、もうその子は罹らないわけで、要するに一回きりの病気については、細かい知識はあまり役に立ちません。そういうことを微細に説明すると、「あの先生は詳しく病気の説明をしてくれる」と有り難がられる傾向がありますが、そういう説明は新聞の医学記事で十分ですから、コピーを渡して済ませております。

私が、この通信や日常の診療で何度もくり返して強調しているのは、そういう個々の病気の説明ではありません。すべての病気・症状に通用する原則、家族でも判断を誤らない診かたと看かた、それを一回聴いたら二度と忘れない記憶法で説明しているのです。

それが、すなわち「食う・ねる・遊ぶ」です。ほかにも一回聴いたら二度と忘れない記憶法があります。例えば「下痢便で問題になるのは、赤・白・黒」、「熱の高い低いと病気の重い軽いはぜんぜん関係なし」「高熱があっても首がたっていれば大丈夫。40度の時には、首が倒れていても38度になると再び首が立つ、すなわち脳は大丈夫」、「獲物をねらうタカのようにキョロキョロしていたらOK、首をひねられたニワトリのようになっていたら受診する」「熱があっても、オシッコ出るまで座薬は待とう」「病人診るなら端っこ(顔色・目つき・呼吸、手足の冷たさ、オチンチン=オシッコの出かた)診ようね、お母さん」etc. 小児科医になってから20年間ずっと考え続けてきたことは、どう説明したら患者さん(お母さん)に一発で理解してもらえるか、ということでした。結局、上述のように、キャッチコピーで記憶するのが一番、という結論に達したわけです。なぜなら育児書の知識よりも、このような理解のしかたのほうが、実際に病気になった時にはるかに有用だからなのです。

私の説明を受けられた方は、何時も「○○のひとつ覚え」のように「食う・ねる・遊ぶはどうですか」と尋ねるものですから、きっとうんざりしたのでしょう。この頃は先手を打って、「食う・ねる・遊ぶはいいんですけどね、でもずっと咳が続くんですよ」とか、「三拍子は揃ってるんですが、やっぱりハナミズが止まらなくて」というように、なかなか手強くなっています。 しかしそれこそ私の思うツボ、つまりこのお母さん方は、今やご自分の子どもさんの病気を通して、病気の診かたと看かたをマスターしつつあるわけです。上のようなケースは、仮に放置しても大したことはありません。実際、気にしないでほうっておく方も多いでしょう。 ところが、「3日後に来て下さい」と言っていたのに、翌日「食わない・寝ない・遊ばないのでまた来ました。」というケースもあります。このケースでは、脱水と低血糖を合併していました。こうなると子どもさんの病気から大切な原則を学習して、転んでもタダでは起きなかったわけですから、満点ママと言えます。しかしそれだけの効用ではありません。

患者さん自身にとっても、私にとっても大切なことは、一人当たりの診療時間の短縮すなわち待ち時間の短縮です。前号の通信で書いておいたように、「熱が昼間37度で夕方38度で、夜40度になったので、心配で座薬使ったら、今朝は38度でした」というようなことは、大体(それが大変大事なことだと思いこんでおられるお母さんや、お祖母ちゃんには失礼なのですが)どうでもいいことで、すなわち病気の軽重と熱の高低はまったく相関しないという原則に照らしてみれば、細かい体温の経過報告は不要です。 「昨日の昼から熱があり、最高40度です。三拍子のうち、食うが悪いですが、他の二つは、解熱剤を使った後はまあまあです」という情報の方が、はるかに価値が高いのです。

さて、こういうと医師の側からは反論がでるでしょう。「熱型は、病気の原因を考える上で大変重要なデータであるのに何ということを言うか。」「自分は患者さんに体温をグラフに目盛るように指導している。おまえの言うことは、診断学を無視した暴言ではないか」など. 私は、体温の経過を細かくプロットさせるような作業は、患者さんに指導すべきではないと考えていますから、製薬メーカーが提供してくれる体温の記録表などを患者さんに渡したことは一度もありません。そういうことをするから、お母さんの頭の中は「熱・熱・熱」と、まるで熱病のようになるのです。他に大切な観察点がいっぱいあるのに目が向かないのです。

そもそも私が強調していることは、「病気の重症度をいかに判定するか、今受診するべきか、明日でもよいのか、あるいは、受診しなくてもよいのか」を判断するための目安を、お母さん方に是非ともマスターして欲しいということなのです。「どんな病気なのか、なぜこんな病気になったのか」を問うことは、予想以上に答えにくい、回答困難なことが結構多く、あえて回答しようとすると「見てきたようなウソをつく」ことになりかねないからなのです。

「なぜうちの子が喘息になったんでしょう」
「なんでうちの子だけこんなにカゼをひくんでしょう」
「どうしてこの子は、カゼをひくといつも中耳炎になるんでしょう」

こういう質問にそれらしく答えようとすると、医師の側もどこかでボロがでますから、都合の悪いことはすべて「体質」「家系」ということにしてしまうのです。究極の答えは、 「そりゃあ、お母さん、お子さんはそういう体質なんですよ、体質。ネッ、お母さん、あなただって鼻詰まりません?やっぱりネッ!つまりは、ハナづまりの体質なんですよ。エッ?ダンナも詰まる?ナーンダ、そんならそうと早く言ってくれればいいのに。だったら、それはお宅の家系ですよウ、カケイ。ハッハッハ、イヤー、納得、納得。」

「熱の出やすい体質みたいですねえ。お母さん、あなただって、子どもの頃はしょっちゅう熱だしてたんでしょ?それですよ、それ」
こういうツマラナイ問答のいきつく果ての愚問・愚回答がまた恐ろしい。
「先生、体質を変えるにはどうしたらいいんですか」
「そうですねえ、まあとにかくなんとか体を鍛えて、体質改善の努力が必要ですねえ」

まるで赤字企業の社長と税理士の問答みたいだと思いませんか。

こういう結局なんの役にも立たない問答で貴重な診療時間がどんどん流れてしまうことは、順番待ちをしている次の患者さんにも大変迷惑なことです。だから「なぜ」「どうして」ということは、私の外来では問わないで欲しいのです。問われても満足な答えはできません。もしも一見納得できそうな回答をしてみせたとしたら、それは「見てきたようなウソ」にならざるを得ないのです。

「先生、どこでウツサレタんでしょうか?」
「多分クラスの中にズーツト菌を持ってる友達がいるんでしょうね、きっと」
「うち、誰もカゼひいてないんですけどねえ」
「カゼのウイルスなんか、その辺にうじゃうじゃいるんですからね」(まるで蝿みたい!)
「どうして中耳炎になるかですって?いっぺんなったらクセになるんですよう。エッ、今度が初めてなの?だったら、この次からね、ホント、繰り返すんだから。いやですよねえ」 落語を聴いているようですが、しかしこのような説明で何となく納得してしまう、と言うよりも丸めこまれてしまう患者さんは、結構多いのです。理由は「なぜ?」と問うからです。

診察の後で、私が説明していることは、おおむね以下の内容です。

1) 患児の病気は、「うつる」タイプか、それとも「うつらない」タイプか
(詳細は、次号以下で説明したいと考えております。)
2) 大体どの部位がやられているのか(パソコン画面で解説)
3) 重症度は、軽・中・重症のどれか
4) 考えられる治療法
5) 選択したい(つまり、お勧めの)治療法と、薬の副作用(場合により) どんな場合に、夜間急患センターを受診するべきか?
6) 治るまでの見通し(経過予測と予後)、起こりうる合併症

何度か私の外来を受診された患者さんは、私の診療のスタイルを理解されているようですから、このクリニックにおける「場」「雰囲気」「流れ」が自然と身についています。この「雰囲気」は、医師を含めた診療スタッフ全員と患者さんとが無言のうちに作りあげていく、各診療所ごとに独特のものです。ですから、最初のうちは私のスタイルが飲み込めず、「場」違いな感じを受けて戸惑われる方も多いはずです。患者さんが「流れ」に乗れない時には、診療スタッフの方も「流れ」が止まったように感じたり、違和感を感じるものです。診療全体がスムーズに「流れ」、待ち時間の短縮が実現するように、私が目指している小児医療に対する姿勢をご理解いただき、全体の「流れ」に乗った診療に参加して下さることをお願いいたします。

お知らせ

院長不在時間・休診日の案内は、毎月約2週間前までに掲示しておりますが、緊急の不在時間帯が生じることもありえますのでご了解下さい。診療時間以降は、クリニックを離れるため留守電になり、翌朝までは連絡ができなくなります。受付終了から急患センター診療開始までの空白時間帯に、緊急に診療を受けるべき事態(意識障害、呼吸困難、外傷、熱傷、ひきつけなどの、食えない・寝れない・遊べない事態)が発生した場合には、本通信1月号(受付にバックナンバーがあります)でご案内しました病院などへお問い合わせ下さい。発熱自体は決して緊急事態ではありませんので、水分・糖分補給と保温、安静、排尿の維持に努め、熱さましの貼付(ちょうふ)薬や座薬などで対処し、翌日午前中に受診されるようにお勧めいたします。

編集後記

次号では、うつる病気とうつらない病気の特徴と対処の仕方について、気管支喘息を例にとって解説の 予定です。 (文責 一木貞徳)

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