ふくろうブログ

2000.08.01 ふくろう通信

一木こどもクリニック便り 西暦2000年8月(通算44号)

暑中お見舞い申し上げます。この夏は、大手乳製品メーカーによる食中毒事件のおかげで、生鮮品の衛生管理を考える良い機会となりました。牛乳は、デイリープロダクツ&デリバリー(日産・日配品)と言われる通り、毎日必要分だけが生産され、宅配され、その日のうちに消費されるのが常識でした。しかし保冷技術が進歩し、デイリーがウイークリー、マンスリーと変るにつれ、私たちの意識もどんどん変容してきました。今回の事件は乳製品メーカーだけの問題ではなく、保冷・空冷のためには大量の電力消費も当然のこととしてきた現代日本の消費社会に、バイキンマンが与えた警告とも言えるのではないでしょうか。

こどもの病気の診かたと看かた(37)子育てにおける親の過剰期待―つづき

小児科の外来で受ける質問をいくつか取り上げてみます。正解は他にも有りえます。

質問 こどもがごはんを食べません。食べなさいと言うとイヤ、食べなくてよいと言えば、じゃあ食べない。
毎日このやり取り。どうしたらよいでしょうか?
解答 こどもさんの食事を親が肩代わりするわけにはいきませんね。
お母さんはひたすらご自分 の食事を楽しんでください。
「今日のごはんはおいしい、よそでは食べられん。
○差がピ シャーっとついとう。このおいしさは食べんと分らん、ワカラン。母ちゃんは幸せ!」とひたすら食べまくってください。
そのお母さんの幸せそうな顔を見て、こどもさんは、「ほんとかなー、いつもはおいしくないのに。でも本当においしいんだったら、食べてみよ うかな。」と思わず好奇心を持ってしまうのです。まず好奇心を持たせることが大切です。

社会人となった時に本当に必要なのは、急場を何とかしのいでいく能力(問題処理能力)と、将来を見越して布石を打っていく能力(危険予知能力)ですが、それらは学校の授業では学べません。好奇心の強いこども、兄弟の多いこどもは、これらの能力をうまく身につけるチャンスが、より多くなります。上の質問で問われているのは、親の問題処理能力です。

質問 私立中学の受験をひかえた小6生の親ですが、ろくに勉強せず成績も下がる一方。 意見す るとキレそうで、見ていてイライラします。やる気を出させる方法はあるでしょうか?

解答 お子さんが勉強しているそばで、お父さんもお母さんもビアジョッキ片手にプロ野球中継に夢中…などということはないと信じますが、お子さんの学習意欲をアップする一番の方法は、親も何か目標を決めて、楽しんで学習を続けることです。常に目標をもって努力を続ける親の姿を見れば、何も言わなくてもお子さんは勉強するはず。お子さんにイライラするのをやめて、その時間をご自身の勉強に使ってみてはいかがでしょう。「うちの親はい つも何か読書をしているな、大変だ、自分も勉強しなくっちゃ。」となりますよ、きっと。

親は自分のやりたいことをやっていいわけですが、しかし常に、こどもに見られています。趣味でも仕事でも、あるいはその他の雑用でも、それをこなしていく姿勢そのものを見られます。良いモデルを示せるかどうか、そこが親としての正念場。上のご質問は、お子さ んの問題のように見えて、実は、親自身の時間の過ごし方が問われているのです。

質問 こどもが爪きりを使わず、歯で爪かじりをします。止めさせることができるでしょうか?

解答 以前、同じ質問がNHKのラジオ健康相談(水曜午後)で取り上げられたのですが、その時 の解答者は、さる高名な小児科医でした。
ところでその解答たるや、「お母さん、爪というのはね、一度じっくり噛んでみられるとお分かりと思いますが、結構いいダシがでているんですよねえ。一本だけでは足りなくって、あるだけかじってみたくなるものなんです…。」というようなものだったように記憶しています。この、へーんな解 答に、ご質問されたお母さんは「ハアー?」とただ一言。

私は、乳児健診に出務途中でしたが、「ハハハハ、これって料理番組かいな、ハハハハ」で、あやうく車が電柱にゴツンするところでした。この先生が名医であるかどうかはともかく、人生の達人であることに異論はないでしょう。

むしゃくしゃすることや、イライラすることがあると、爪や指や髪やオチンチン(体の一部で目に入りやすい部位)を無意識にいじるようになりますが、本人がそれで心の安定が保てていればそれで良いのです。親が解決を肩替わりする問題ではありません。 お子さん本人の「食べる・眠る・あそぶ」が影響を受けるようになったらご相談ください。

親にすれば、わが子の変なクセが気になって、考えると眠れないし、食事もおいしくない。 将来普通でない子になるのではないか?ついそんなふうに考えてしまう。わが子のためを思って、肩に力が入り、緊張した毎日となり、子育てが辛くて、面白くないものになる。 こどもは爪をかみながらも、食べて、眠って、学校にも行けているのに、親の「食べる・眠る・あそぶ」の方がよほど悪い。それは、子どものことを考えすぎるから。

「お母さん、こう言ってはなんだけど、そんなどうでもよいことに振りまわされないで、もっとご自分のことに時間を使ってくださいよ。」 解答者の本心は、多分そういうことだったのでしょう。

さて、近頃連日のように報道される、凶悪犯罪を起す少年たちの生育歴には、大別して、

① 家族からの遺棄(いき=幼児期からの放任)
② 他者との適切な人間(じんかん)距離がとれない協調性障害や引きこもり
③ 過保護・甘やかし・学業成績至上の過剰期待(そんなことはお母さんが全部してあげるから、あなたはただお勉強さえしてくれたらいいのよ。)

があるように思います。子どもが自分で解決すべき問題の肩替わりを続けていると、成績は良くても、良い人間にはなれないでしょう。今回ご紹介した3つの質問は、すべて上の③に関連しています。社会化を獲得する上で欠かせないのが、問題処理能力と危険予知能力(2つを合わせて危機管理能力と呼ぶ)の育成。日本国家の危機管理能力が弱いことは阪神大震災や地下鉄サリン事件で露呈しました。家庭の危機管理能力の低下が、いろいろな少年犯罪、無気力・引きこもり、他人と協調できない人々が増えたことと関連しています。

編集後記

真っ黒に日焼けして国籍不明のこどもさんたちが増えてきました。8月から9月は例年、小児科の患者さんがもっとも少ない時期で、私たちにとっては、新しい学問を充電する機会となります。私も小児精神医学会の合宿セミナーと小児心身医学会(どちらも大阪)に参加する予定です。早く涼しい季節になるといいなあ、毎日そう祈っております。来月もクールな頭で!

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