ふくろうブログ

2000.07.01 ふくろう通信

一木こどもクリニック便り 西暦2000年7月(通算43号)

こどもの病気の診かたと看かた(36)夏カゼについて

園や学校では、夏かぜ(手足口病、ヘルパンギーナ)が流行していますが、夏休みに入ると数日後からパタリと終息します。もともと小児科の感染症の中では、手足口病はもっとも軽いもののひとつですが、まれに無菌性髄膜炎を起すことがあります。

ところが近年は、ズイマクエンより重症である脳炎や、心筋炎、ポリオに似た麻痺を合併したケースも報告され、手足口病は必ずしも軽い病気とは言えなくなりました。いつもより元気がない場合には受診をおすすめします。ヘルパンギーナ(手なし足なし口だけ病)は、ふつう高熱がでますが、たいてい、2日か3日で自然に解熱(げねつ)します。

手足口病とヘルパンギーナは、エンテロウイルスというウイルスで感染します。 エンテロウイルスというのは、警察庁指定広域暴力団のA組みたいなもので、傘下に4つの団体があります。ポリオ一家、エコー会、コクサッキー連合、エンテロ組の4つです。 現在、総数で72番までナンバーがついていますが、正味の構成員数は67名です。

さて、エンテロウイルスとライノウイルス (ふつうのハナカゼ病原体)の違いは何でしょうか?エンテロウイルスは酸性に対する抵抗性があり、また37℃のときにもっとも良く増殖します。つまり胃液のバリアーを通過して、消化管の中で増えることができるのです。 これに対し、ライノウイルスは酸性に対する抵抗性がなく、また増殖の最適温度は33℃ですから、鼻のように温度が体温よりやや低いところで増えますが、鼻汁を飲み込んでも、胃液のバリアーを通過できず、消化管の中では増殖しにくいのです。

ポリオは、抗体がなくても、ほとんどは下痢くらいですが、しかし運が悪いと心筋炎や脊髄性のマヒになり、それらは取り返しがつかないので、生ワクチンが用意されています。最近は、ポリオでマヒしたといえば、ほとんどが天然モノではなく、養殖モノ、つまりワクチンのウイルスによる感染です。ポリオワクチンは生き物ですから、腸の中で、増え続けます。そして、だいたい一ヶ月くらいは便に排泄され続けます。

ところで、生ワクチンというのは、もと極道さんがカタギのフリをしているだけですから、ときどきワルの本性がでてしまうことがあります。つまり、天然モノに還ってしまって、人に病気を起してしまうわけです。このことを「ワクチン株の野生化」と呼んでいます。

それで、赤ちゃんのおむつを交換するお母さん、お父さん(ときには年の離れたお姉さん)たちは、あとできれいに手を洗う習慣をつけておきましょう。いつものクセで指を舐めないように。極道さんが「オッチャン、なめたらアカンで。」と言うのはそういう意味です。

エコーウイルスは、発熱とちょっとした下痢、腹痛などの症状ですが、時には相当のワルもいて、3年前に宗像地区で流行した無菌性髄膜炎(頭のかぜ)を起したのは、エコーA18とエコーA30という組員でした。無菌性髄膜炎になりますと、コメツキバッタを横抱きにしたような姿勢になります。年長児や成人はメトロノームのように揺れます。きついので倒れそうになるのですが、首だけグラっ、とはなりません。後頭部、首、背中が痛いため、頭と体が一体化して、上半身全体で羽子板のように硬直してしまうのです。痛みで、目を閉じてしかめ面です。

コクサッキーウイルスは多芸多才。消化器、呼吸器、皮膚(発疹)、あたま、心臓、スイ臓、など選り好みをしません。風の吹くまま、気のむくまま、どこでも狙ってきます。夏カゼで心臓がやられた方の多くは、ポリオやコクサッキーウイルスによるものと考えられています。スイ臓が炎症を起すと、あとで糖尿病を発症してくることがあります。

夏カゼは、このようにたくさんあります。診察の時「夏カゼですね」と言われたら、「ああそうですか。夏カゼですか。ナーンダ。カゼだって」で満足する方が多いのですが、それでは少し物足りない気がします。 とは言っても「そうでっか。で、どの組員や、ホシは?」などと聞かれても答えられません。「ホシはA組のモンや。」と言うように、「それはエンテロウイルスですね。」としか私の外来ではお答えできないのです。もっと大きな総合病院では、ちゃんと組員の名前まで教えてくれることがありますよ。もっとも「福岡県感染症サーベイランス」という監視システムのおかげで、ある程度、流行状況はつかめます。

読者の方も、おへそ丸出しでエアコンがんがんかけて寝たりすると、寝冷えしたり、ノドがやられます。すると、エンテロウイルスにやられ易くなります。ご注意ください。

こどもの病気の診かたと看かた(37)子育てにおける親の過剰期待

子どもの頃、「母を慕いて3千里」という物語を読んだ記憶があります。 クオレ作「愛の学校」という小説の作中話なのですが、童話の絵本にもなっていますから、ご存知の方も多いでしょう。これが最近は「母を殺(あや)めて1300キロ」になりました。この事件を起した少年の思考と行動は、短絡的ですが、心情は理解不可能ではありません。

佐賀の西鉄バスジャック事件にしても、この事件にしても、親にとっては、もはやこどもが凶悪事件の被害者になる恐れよりも、加害者になってしまう怖さを心配しなければならなくなってしまった、と危惧される方が多いと思います。

「文芸春秋(7月号)」に、精神科医の野田正彰さんと、作家の高村薫さんの対談が掲載されていますが、少年時代からネコなどの大型動物を虐待した経験を有する人は、将来、反社会的な人格に成長する可能性が、75%ときわめて高いことが指摘されています。

私のクリニックでカウンセリングを受けておられる方のご家族の中にも、ご自分のお子さんが将来、マスコミで報じられるような事件を起すのではないか、反社会的な人間になってしまうのではないか、と心配される方がおられるのです。佐賀の事件で、少年の母親は、こどもが事件を起すことを予測し、阻止すべくいろいろな機関を奔走していたようですが、あんな結果になってしまった。誰も少年の行動を止めることができなかった。

それは、何が悪かったのでしょうか?精神医療の敗北?学校教育の責任?それとも家庭教育(しつけ)の失敗?そのことをこれから考えてみることにします。(次号に続く)

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