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気管支喘息にみるインバーター型の病気との付き合いかた

昔のエアコンは、はじめに設定していた室温に達すると、サーモスタットの働きでスイッチが切れていました。そして室温が再び上昇(または下降)するとスイッチが入るように設計されていました。つまりサーモスタットの回路だけが持続的に電流オンで、エアコンのコンプレッサー自体の回路はオン・オフを繰り返していたのです。

電気器具はスイッチ・オンの時に消費電力を増大させることが知られています。このため、消費電力を低減する目的で開発されたのがインバータ(熱交換)型のエアコンで、最近のエアコンは、ほとんどがこの方式になっています。

この場合、設定温度に達してもエアコンのコンプレッサー自体の電流はオフにはなりません。代わりに、運転が強から弱に変わります。つまり設定温度を一定に保つように、インバータ型エアコンでは強弱運転をくり返しており、スイッチ・オンのくり返しを避けることで、消費電力の節減が可能なのです。

気管支喘息や慢性副鼻腔炎のようなタイプの病気は、ちょうどこのインバータ型のエアコンのように、数年間あるいは十数年間、あるいはさらに数十年間スイッチの切れない、いわば連続運転中のエアコンと同じ状態であると考えられます。

病気のスイッチが切れていないのですから、みかけ上の症状が消失しただけで治療を中止してはいけないのです。正しい治療選択のためには、病気についての正しい理解が必要です。
今回は、気管支喘息を例にとって解説してみたいと思います。

1950年代から最近まで、気管支喘息という病気は、とつぜん(=発作的に)気管支がケイレン状に縮む(これを英語でスパズムと言います)病気であると考えられてきました。その結果、息苦しくゼイゼイと喘(あえ)ぎ呼吸になるというわけです。

この気管支スパズムは、気管支を拡げてやる薬(気管支拡張剤)を吸入または内服させれば元に戻ります。要するに、気管支喘息というのは発作(=気管支スパズム)の時だけが病気で、それ以外の時は普通の人と変わりないと考えられてきたのです。 さてこれとは別に喘息の患者さんでは、いろいろな刺激に対する気管支粘膜の過敏性が非常に高い(気道過敏性)ということも知られていましたが、何故そうなのかは不明でした。ともかく気管支スパズムと気道過敏性との両者が気管支喘息の病態であることは疑いなかったのですが、これまでの治療はおもに気管支スパズムをとることに向けられてきたのです。

1992年のアメリカアレルギー学会年次総会(アレルギー関係では世界でトップの学会)は、一つの記念碑となるべき学会でした。気管支喘息が「慢性好酸球性気管支炎」であると正式に認知されたからです。簡単に言えば、喘息=慢性気管支炎なのです。

つまり、発作の時だけではなく、発作のない時にも喘息という病気は存在している、ということを世界中の喘息の専門家が認めたわけです。

そういうことが分かってきたのはいろいろな研究方法のおかげなのですが、あまりにも専門的過ぎますから最小限の説明にとどめます。気管支炎、すなわち「炎症」であるというのは、読んで字のごとく燃えて炎がでている状態です。そして火災現場には、必ず「炎症細胞」という特殊な任務を負ったいろいろな細胞が登場してきます。

気管支喘息という慢性の気管支の火災の場合には、この炎症細胞として、リンパ球、マスト細胞、好酸球という役者が登場します。アレルギー性の炎症現場に登場する好酸球という細胞がここでは主役なので、慢性好酸球性気管支炎というわけです。

誰でも近所で火事があった時にかけつけた経験があるでしょう。消防隊員や、救急隊員の他に警察官や、見物のおじさん・おばさん、町内の世話役、見知らぬおじさん(火事場泥棒?)などで、火災現場はごった返しています。道路はスキマもないくらいにこれらの登場人物で埋まっていて、通行が困難です。

気管支喘息の患者さんの気管支粘膜も、同じように主役・端役入り乱れ、おまけに飛び散る消火液、水しぶき、焼け落ちたガレキなどで、もう路面はボコボコです。こんな状態ですから、通行人の往来(=空気の出入り)もままならないのです。

これまでの喘息治療で基本となっていたのは、こういうボコボコの道路では通行に不便だから路幅を広げてやろう、それから水しぶき(=痰)を取り除き易くしよう、という目的の薬でした。気管支拡張剤、去痰剤という薬剤です。

さて、1992年のアメリカアレルギー学会の流れを受けて、WHO(世界保健機構)とアメリカ国立衛生研究所は、1995年1月に共同で、Global Initiative for Asthma (喘息の世界治療指針)というガイドラインを発表しました。 この中で、喘息治療の中心に、気管支の炎症を抑制するのに最も効果の高い「吸入ステロイド剤」がおかれたことは、喘息治療の歴史上特筆すべきことでしょう。 なぜなら、吸入ステロイド剤は10年以上前から市販されていたのですが、使用目的が異なっていたのです。他の薬剤では治療効果の見られない重症の喘息発作をくり返す患者さんには、経口(=内服)のステロイド剤が使われるのですが、ステロイド剤を長期間飲み続けると、副作用が生じます。

そこで経口ステロイド剤からの離脱をはかる目的で吸入ステロイド剤が使われたのであり、治療の基本はあくまでも気管支拡張剤でした。

ところが、喘息の本態が気管支の慢性炎症であることが明らかになってみると、この炎症を直接に消火・鎮圧できる吸入ステロイド剤こそが、最も合理的、効果的な治療法であることが再認識されることになりました。 気管支拡張剤で路幅を広げるよりも、ボコボコの道路を平らに整地できる吸入ステロイド剤の方が、はるかに有効で短時間で炎を消火できるからです。

そして、吸入ステロイド剤であるベクロメタゾンという薬剤は、経口ステロイド剤として最も強力なデキサメタゾンに比べ、気管支局所への薬剤の分布が600倍にも達するのに対し、血中への移行は極めてわずかで、全身に与える副作用は事実上ゼロと考えて差し支えないのです。
注:ただし吸入のあとでうがいをしないと、口の中にカビが生えることがあります

この吸入ステロイド剤を中心にすえることで、喘息治療にもたらされた変化は、
① 入院を必要とする重症喘息が極端に減少した。
②中程度の発作を延々とくり返す患者のコントロールが格段に容易になった。
③小児でも安全性が高く、成人喘息、小児喘息を問わずに使用できる、などです。

これまで、小児喘息は成人喘息とはまったく別物であるかのごとくに扱われ、「発作の時だけ治療しておれば、そのうち成長とともに自然に治る」などと言われていたのです。しかし最近の研究によれば、最後の喘息「発作」を起こしてから2~3年経っても、まだ気管支には機能的な異常が残っていることが判明しています。

喘息は一般に考えられているよりもはるかにシツコイ病気なのです。 実際、中学を過ぎて成人の体格になっても、まだ発作をくり返す患者は年々増加しているのです。それだけではありません。1995年の統計では、1年間の喘息死亡者数は何と7500人にも達しており、その多くは中学生から青年期に集中しています!

折りしも、気管支拡張剤の携帯型吸入薬での死亡例がマスコミを賑わせました。 気管支拡張剤は、気管支喘息にとって決して本質的な治療薬ではありません。

気管支スパズムも、気道過敏性もどちらも気管支の慢性炎症にもとづくことが明らかになった現在、WHOのガイドライン通りに吸入ステロイド剤を治療の中心にすえることが、これからの喘息治療にとって重要であると結論されます。 早期から吸入ステロイド剤を治療の中心に導入することにより、気管支喘息はまじめに治療しておれば、数年で完治できる病気のひとつになってきました。

このクリニックでも発作を頻繁にくり返して、急患センターにしょっちゅう駆け込んでいた患者さんたちが、吸入ステロイド剤の使用を開始して数日後から、ウソのように発作と縁が切れています。 そして、とにかく無発作状態を3年間維持することが大切です。

発作のない時にはどうしても内服薬も吸入薬もイヤだ、という方には、呼吸機能を家庭で簡単に測定できるピークフローメーターという器具を購入してもらい、自分の呼吸機能の程度を毎日朝夕の2回チェックしてもらっています。

この数値が正常範囲であれば、薬は無理に使わなくてもよいのですが、数値が低下しだしたら、発作になる前に早め早めに予防薬を開始し、数値が正常に復した後で、徐々にうす紙をはがすように減量していくのです。

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