好天が続いて、日中と朝晩の気温差が結構あるためか、気管支喘息や鼻炎の患者さんが多く受診されます。とくに気管支喘息で、コントロール不良、すなわち苦しい発作を数日おきに繰り返しては、夜間急患センターに駆け込むひとが多いのです。夜間診療は診察料も高く、しかも急患センターでは、喘息そのものを長期的にコントロールするための指導は、普通はしてくれません。そこで、この通信ではすでに何回か触れているのですが、あらためて気管支喘息の治療法を解説してみます。
気管支喘息は、吸入ステロイド剤(注参照)を治療のメインにすることと、ピークフローメーターという簡単な器械を使って、呼吸機能を自分で毎日測定すること、この二本柱を忠実に実行すれば、発作をコントロールすることが可能です。 前回を参照して下さい。
注:プロピオン酸ベクロメタゾン。気管支から血液へ移行しにくいように特別に設計された、きわめて安全性の高い特殊なステロイド剤
呼吸機能を測定しない場合(年少児や、自己管理ができずに投げ出すひと)には、症状の有無にかかわらず、吸入ステロイド剤を3年間くらい休まずに続けます。
抗アレルギー剤であるインタール吸入や、その他の抗アレルギー剤の内服などは、吸入ステロイド剤に比べると効果が不定で確実性に乏しく、回りくどい薬剤です。ただインタール吸入は、運動によってひきおこされるゼイゼイには、有効なので、運動すると必ずゼイゼイがでる人は、インタール吸入を追加します。
気管支喘息に関して、最も副作用が少なく、効果が確実で中等度以上の発作をおこさなくて済むやり方は、吸入ステロイド剤を連日吸入し、発作の時に気管支拡張剤(サルタノールやメプチンなど)の吸入を不定期に使う、というものです。
気管支拡張剤だけで発作(呼吸が苦しい状態)を切り抜けようとすることは、その場限りの対症療法に過ぎず、喘息の本態である慢性のアレルギー性炎症を制圧できず、しばらく良くてもやがて再び発作に見舞われます。
吸入ステロイド剤は、このアレルギー性炎症を、そのもともとの原因が何であったかにかかわらず、全面的に制圧します。言い換えますと、吸入ステロイド剤の薬理学的な作用点(細胞レベルで、生体内のある反応・場所に働きかけて薬物が効果を出すポイントのこと)は、複数個所と考えてよいのです。一方インタールを含めて、抗アレルギー剤系統の薬剤は、薬の作用点が一個所ないし数箇所です。
気管支喘息の発作の起こりかたを見てみると、ハウスダストが原因の患者さんは、それと無関係な煙やきつい臭いには無反応かというとそうではありません。気管支に刺激になるようなモノに対しては、それが何であれ、無差別に発作をおこすひとがたくさんいます。冷たい空気を吸っただけでも発作になるのです。つまり気管支喘息という病気は、単一の原因あるいは、一個所の異常でひきおこされる簡単な病気ではありません。複数レベルの異常が組み合わさって起こってくる病気なのです。
ですから、薬の側から見ると、作用点が一個所であるような薬剤では、複数あるいは多数のポイントの異常で起こる喘息という病態に、完全には対処できない、ということになります。吸入ステロイド剤の作用点は複数ですし、しかもどのような原因の炎症であれ、アレルギー性炎症であれば、反応すべてを制圧できるのです。
では何故、喘息のひとは、どんな原因でも無差別に発作をおこすかというと、最初の引き金になった原因が何であれ、いったん傷ついた気管支粘膜の傷(アレルギー性炎症)が完全に治りきっておらず、次にどんな刺激がこようと、この古傷を再び目覚めさせてしまうからです。
この古傷が本当に回復するのには、実に2年から3年もかかると考えられています。
ですから気管支喘息が本当に治ったと勝利宣言できるためには、3年間全く発作のない状態を何が何でも実現して、その間に気管支粘膜の古傷を完全に治してやらねばなりません。無事故無違反3年、これをしっかり頭に叩き込んで下さい。
とはいっても、吸入剤を理想どおりにうまく気管支に送り届けるには、かなりのコツがいります。私は、だいたい4歳くらいから使用するように指導していますが、ひどい場合には1歳台でもステロイド吸入剤を導入しなければ、うまく発作をコントロールできないケースもあります。このようなケースは、私は自分では診療せず、国立病院などの「喘息治療でメシを食っている、その道のプロ」に依頼しております。
ところが、喘息発作の頻度や程度は、ひとによってまちまちです。一年に一回くらいしかゼイゼイのでないひともいれば、ほとんど毎週のように夜間急患センターに通院(!)して、高い時間外料金を払っているひともいます。
こんなひとこそ、だまされたと思って吸入ステロイド剤を使用してみて下さい。うそのように、ひどい苦しい発作と訣別できます。
めったに発作が起こらない、あるいは起こってもいつも軽症であるひとは、従来どおり、テオドールなど予防効果のある気管支拡張剤の内服に、速効性の気管支拡張剤(β2刺激剤)の内服または吸入、去痰剤の内服などの治療法でよいでしょう。
ただし、小発作(注参照)だけしか経験がなく、これまでずっと軽症で経過してきたひとでも、これからもずっと軽症で切り抜けられるとは限りません。気管支喘息という病気の真の怖さは、大発作(注)を経験したひとでないと分からないからです。あるいは、一番厄介なのは、むしろ中発作(注)をだらだらとくり返すひとかも知れません。日常活動(通園や通学)がぐっと制限されます。子どもに対しては、たくさん食べて、ぐっすり眠って、ワイワイと遊べる条件を作り出してやること、すなわち、せめて小発作以下に抑えることが、保護者の義務だと私は思います。
注:小発作=くう・ねる・遊ぶが普通にできる。呼吸困難がほとんどない状態。
中発作=くう・ねるのどちらか、あるいは両方が悪い状態で、呼吸困難を伴なう。
大発作=くう・ねる・遊ぶのすべてが不良な状態。呼吸困難がひどく、
動けない・喋れない。
最重症では、窒息による呼吸停止にいたることがある。
年間7、000人という喘息死者数は、交通事故死の半数に達します。そのほとんどが、吸入ステロイド剤を使わず、β2刺激剤の吸入薬だけに頼って、ひどくなっても受診しなかったようなケースなのです。喘息で死ぬことがある、という認識を欠いていたのだと推察されます。医師の中にも、患者さんへの説明の中で、小児喘息はそのうち治るから、と簡単に伝える方もおられるようです。
成人で重症発作を繰り返す患者さんばかり診ていると、確かに小児の気管支喘息患者は軽症ないし中等症のことが多く、簡単に考えてしまいがちです。 しかし自然治癒をするべき年齢に達しても、なお治癒していない年長者(9~13歳頃)に重症者が集中しています。
成人喘息と小児喘息で本質的に違いがあるわけではありません。成人で発症したものが成人喘息で、心身のストレス、心配事などが発作の引き金になることがあります。小児喘息では、主に気管支への直接刺激になるような原因を吸入することで、発作を誘発することが多い、という程度の違いのようです。しかし、成人小児を問わず、ペット(ハムスター、ネコ、イヌなど)や煙には、大変敏感なので気をつけることが大切です。
布団を干した時には、取り込む際に叩かないで、掃除機で吸い上げるようにして下さい。空気清浄器をつける場合には、リビングルームや寝室の高い位置に設置して、舞い上がったホコリが落下せずに吸着されるようにします。タバコは吸ってもよいですが、息を吐いてはいけません。喫煙者の吐息が子どもの気管支には、刺激になるからです。こういうことに普段から気を付けていても、なおかつ発作と縁が切れないひとは、是非吸入ステロイド剤を使ってみて下さい。ご家庭の医療費がガクンと下がると思います。