今回は一年の初っ端(しょっぱな)ですから、鼻と気管支の関係について考察してみます。鼻は顔の真ん中についているただの飾りではありません。呼吸器の入り口であり、臭いを嗅ぎ取るための感覚器でもあるのですが、呼吸(空気中の酸素を取り込んで、二酸化炭素などの不要なガスを外に出すはたらき)に必要な構造として、鼻から咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)、気管、気管支、肺があります。
忘れていけないものに副鼻腔(ふくびくう)という空洞があります。エアコンに例えますと、鼻はエアコンの室外機、気管支や肺は室内機、咽頭・喉頭・気管は連結パイプとなります。
さて赤ちゃんの頭蓋骨(ずがいこつ)は骨がびっしり詰まっていて、食べごろのカニのようです。脳が大きくなるにつれて、頭蓋骨も大きくなるのですが、骨がびっしりのまま大きくなったのでは重くて歩けません。それで、相対的に重量を減らすために、頭蓋骨には大きくなるにつれて、ちょうど発泡スチロールのように沢山の空洞ができてきます。
この空洞が副鼻腔(ふくびくう)と呼ばれるもので、鼻腔(びくう)の両側に数箇所ずつあり、すべて鼻腔と通じています(注)。一番大きな副鼻腔を上顎洞(じょうがくどう)と呼びます。
注:日本の医学用語では、副鼻腔や鼻腔の【腔】は、コウ(一般の読み方)と異なり、慣用的にクウと読む。口腔、胸腔、腹腔も医学用語ではそれぞれコウクウ、キョウクウ、フックウと読むのが正しい医学用語の読み方。変だけど。
ところでヒトの体の正常体温はだいたい35℃から36.5℃くらいの間にあります。いま、室温20度の部屋にいると仮定します。鼻腔に吸い込んだ空気の温度は20度です。しかしこの20度の空気がそのまま一気に気管支の末端まで送り込まれると、肺は冷えてダメージを受けます。
乾燥した空気もそのままでは肺にダメージを与えます。どうしても鼻腔から肺に広がるまでの間に、程よく加湿と加温がなされなければなりません。
これを実現するために、鼻からはスチームアイロンのように水滴が分泌されます。これがハナミズです。そして鼻腔内部にはカイコ棚のように3枚の甲介(こうかい)という構造があって、吸い込んだ空気は幾つもの層に別れてゆっくりと渦をまきながら流れていきます。
これら甲介には、上顎洞や他の副鼻腔と通じる穴があいています。そして一連の副鼻腔の中には加湿・加温ずみの空気がたまっていて新しく入ってきた空気とブレンドされます。つまり副鼻腔は冷えて乾燥した、体にとって不都合な外気を、ほどよい原料に加工するためのブレンダーの役目をしているのです。
こうしてある程度まで、加湿・加温された空気は気管から気管支に流入するわけですが、この気管支がさらに、平均して22~23回も枝別れしながら次第に細く、壁も薄くなっていくのです。その間に空気の流速はきわめてゆっくりとなり、生体に最適の湿度・温度になっていくわけです。
最後の数回の枝別れのところを呼吸細気管支(こきゅうさいきかんし)と呼び、空気中の酸素が血管中に取り込まれ、逆に血管中の二酸化炭素やその他の老廃ガスが気管支へ拡散して抜けていくしくみになっています(ガス交換)。
複雑に入り組んだ副鼻腔や上中下の甲介、ゴロタ石のように通路をさえぎるアデノイドや口蓋扁桃(こうがいへんとう)の存在、迷路のように枝別れしている気管支の構造などは、すべて空気の流速をおとし、加湿・加温し、さらに空気中のごみや細菌・ウイルスなどをフィルターとして取り除くために、ヒトが進化の過程で獲得してきた優れた解剖学的特性なのです。
しかし残念ながら、生まれたばかりの赤ちゃんにこの機能がすべて「使いこなせる」状態で備わっているわけではありません。マイコン制御の最新型エアコンと異なり、ヒトは、生後の成長と発達の過程でこの換気の仕組みを獲得していくものなのです。
エアコンの室外機と室内機に相当する、鼻(副鼻腔を含む)と気管支の関係が十分に機能するように確立するには、誕生後2年くらいの期間がかかります。
乳児期は成人よりも体温が高いため、同じ空気を吸っても、そばにいる大人よりも体温と外気温との落差が大きく、加湿・加温のためのハナミズが余分に必要です。しかも鼻腔や喉頭蓋(こうとうがい)周辺の障害物(アデノイド、口蓋扁桃)が大きく、嚥下(えんげ)の機能が悪く、流れ出てきたハナミズの処理がうまくできません。
われわれは、夜間にハナミズがでていてもそれを無意識のうちに食道に流し込んでいるのですが、乳幼児ではそれがうまくできず、あふれでたハナミズは容易に気管支に流入していきます。子どもにとっては、ハナミズこそが万病の元なのです。
首がすわる前の赤ちゃんや、寝たきり状態の高齢者、障害のあるひとたちがカゼをこじらせて簡単に肺炎になるのも、この人々の特徴として
1) 体温調節能力が低下していて、容易にカゼをひく(カゼ=cold syndrome)、
2) その結果生じたハナミズ・タンなどの分泌物をうまく処理できる能力が低い (ハナミズを食道に落とす嚥下能力、タンの喀出(かくしゅつ)能力、腹筋を使った複式呼吸能力など)、そのためこれらの分泌物は容易に気管支へ侵入する
3) 分泌物中の異物や微生物に対してたたかう免疫能力が弱い…etc。
などがあるからです。
2歳を過ぎても、鼻の機能の発達がわるいヒトや生まれつき鼻のクリーニング機能がわるい場合には、気管支炎や肺炎をしょっちゅうくり返し、気管支拡張症や慢性気管支炎になることがあります(副鼻腔炎/気管支拡張症症候群)。
副鼻腔炎で膿汁(のうじゅう)がたまっていると副鼻腔のブレンダー機能が損なわれているため、空気は未加工のまま気管支へ送り込まれ、肺を障害する可能性が高くなります。さらに夜間眠っているときに膿汁が副鼻腔からあふれ出て気管支に流入します。
エアコンの室外機が故障したら当然室内機もやられるように、鼻がわるいヒトは気管支までわるくなるのです。