ふくろうブログ

くう・ねる・あそぶ

もしも、赤ちゃんからお年寄りまで、否、ヒトだけでなくペットにまで、しかも体の異常だけでなく、心の異常までを判断することのできる基準があれば、どれほど便利で重宝か知れませんね。実はあるのです。私がいつも患者さんへの説明でお話していることは、たった一つだけ。それが、「食う・ねる・遊ぶ」なのです。

小児科医になって10年を過ぎた頃に、私はそれまで大学病院の外来で患者さんに言ってきたこと、「子どもというのは例え熱があっても、鼻水や咳がでていても、またぶつぶつがでていても、下痢をしていてもですね、結局パクパク食べて、グースカ眠って、ピーチクパーチクお喋りしていたら、お母さん、ナーンモ心配いらんとですよ。」ということを、何とかもっとわかりやすい表現で伝えることができないものか、とあれこれ悩んでいたのですがどうもうまい表現を見つけることができませんでした。

ところが、昭和63年にある自動車メーカーのCFで井上陽水さんが、「くうねるあそぶ、皆さ~んお元気ですかあ~?」と、新型車の窓から手をふりながら走っていくのを見たとたんに、コレダッ!! と思ったわけです。このキャッチコピーを作ったコピーライターがどなたかは知りませんが(注:あとで聞いた話では糸井重里氏とのこと)、ある人が、病気なのか、病気とすれば、どの程度悪いのかを判断する客観的な基準としては、これに優るものはないのです。

それでは、「食う・ねる・遊ぶ」でいったい何が判断できるのかといいますと、この3点とも普通と変わりなければ、それはその病気が現時点では軽症である、ということを示しているのです。食う・ねるの2点がわるければ中程度(たいしたことがないようでも、受診しておいた方がよい)、そして遊ぶが悪ければそれは重症化しつつある可能性が高い、ということを意味します。

ただし、この「食う・ねる・遊ぶ」原則は急性疾患にしか利用できません。ガンのようにゆっくり進行していく病気は、よほど末期にならないと「食う・ねる・遊ぶ」が全部やられることはありませんし、高脂血症や糖尿病などのいわゆる成人病(注:今は生活習慣病)は、ずっと無症状で経過し、いったん症状が出現するや、「今度よーく調べてもらったら、あっちもこっちも実はボーロボロだったらしいんよ。」などということになりがちなのです。こういう類の病気には、「食う・ねる・遊ぶ」原則は、少なくとも初めのうちは通用しません。だからこそこういう病気に対しては、定期健康診断によって、早期発見、早期からの医学管理が必要なのです。 ここでは急性疾患を対象にします。

一般の小児科クリニックを受診される患者さんは、9割以上が呼吸器や、アレルギー、消化器などの急性疾患ですから、小児科では、この「食う・ねる・遊ぶ」原則を十分に使いこなせれば、お母さん、お父さん、今日からあなたも名Doc・torです。大学病院や国立病院の外来では、さすがに、腰のひけそうな、診察する医師の顔色が悪くなるような複雑かつ難解な慢性疾患の患者さんが押しかけますから、そういう時にこの「食う・ねる・遊ぶ」原則をむやみに振り回してはいけません。ここのクリニックにそういう患者さんが連日受診されたら、私はふくろうにヘーンシンして、昼間はたぬき寝入りするでしょう。

さて、この「食う・ねる・遊ぶ」原則ですが、「食う」のカテゴリーには、食べること・飲むことだけでなく、その結果としての出すことの両方が入ります。「ねる」というのは、スヤスヤと眠ること(sound sleep)であって、アダルト的の寝ることではありません。そちらは次の「遊ぶ」方に属します。最後の「遊ぶ」ですが、これには「食う」と「眠る」以外の全ての精神的、肉体的な活動が含まれます。喋る、笑う、テレビやビデオ・漫画などを見る、読む、勉強する、仕事(学校、塾、お稽古事)に行く、パチンコ、麻雀、ゴルフ、釣り、さきほどの「寝る」etc、、、。

ところで、発育の止まった成人の場合には、以上で終りなのですが、子どもの場合にはそういうわけにはいきません。大人と違う子どもの最大の特徴は、毎日成長しつつある、ということなのです。「食う・ねる・遊ぶ」が本当に満足できる状態にあるならば、その子どもは当然の帰結として、毎日少しずつでも成長していかなければならない。

これがお父さんだったら大変です。「最近オレ、だいぶ体重が増えたよ」などとうっかり口をすべらせようものなら、お母さん方は「食べ過ぎじゃないの、運動不足じゃあないの、血圧は?血糖は?コレステロールは?」と矢継ぎ早にあびせかけるでしょう。

しかし子どもの場合には、まだ成長期の筈なのに成長が止まったりしたら、必ず身体的もしくは心因的な病気の状態を考えなければなりません。つまり「食う」ということの本当の意味は、「食って、出して、しかも日々成長する」ということなのです。桃太郎の童話と同じ、「太郎は、一杯食っては一杯ぶんだけ、三杯食っては三杯分だけズンズンでっかくなった」というわけです。 こうして、拡張されたこの「食う・ねる・遊ぶ」原則は、赤ちゃんからお年寄りまで、身体の病気から心の病気まで、ペットから人間まで全てをカバーできる大原理となるのです。

いまあるお父さんが、「最近ストレスで疲れた、会社に行く気がしない」などと言ったとします。このお父さんが食欲もなく、顔色も悪く、夜も熟睡できず、そうかといって昼間もボーッとしていたら、きっと本当になにか病気なのでしょう。早く健康チェックをした方がよいと考えます。ところが、「どうしても会社に行けないんだなー、心身症ってやつかナー」などと言いつつ、パチンコには行くわ、酒は飲むわ、仕事以外は全部バッチリで夜は高イビキ、となったらそれはただのサボリ、要するにその人はただ仕事嫌いの遊び好きなのですよ!すなわち本当のノイローゼや心身症と、仮病・サボリ・ウソを見分けることが可能です。

私は、筑豊のある老人病院の当直を6年ほど引き受けていたことがありますが、「そろそろワタシもお迎えが近そうじゃワネー。早よういってやらんとジイチャンが寂しがっとるガネー」などと言いつつ、病室から病室へ足どりも軽く飛び回って、お喋りに花を咲かせていた病棟で一番可愛いかったおばあちゃんのことを思い出します。まだまだ元気で、「お迎え」は当分先のことと誰もが思っていました。ところが、ある時そのおばあちゃんが階段で滑って大腿骨を骨折し、近所の整形外科に移って一ヶ月足らずで亡くなってしまったのです。原因は、わずか1週間の絶対安静と面会謝絶によって、急速に痴呆状態となり、食事もとれなくなったことによるものでした。「食う・ねる・遊ぶ」が「ねる」だけになったとたんに、こんな結果になったのです。

あなたの飼っている大切なワンちゃんが、今日はほとんど食べずに夕食を残したとしたら、きっとどこかが悪いのです。でも少し鼻水がでたりクシャミをしていても、えさ(お食事と言うべきか)を何時も通りにたいらげて、グルルーとねて、近づくとシッポを振ってじゃれてきたら、ペットクリニックにいかなくてもよいでしょう。では、「食う・ねる・遊ぶ」が全部正常と変わらないならば、鼻水や咳や下痢が長く続いていたとしても受診の必要はないのでしょうか?その答えは、次号で考えたいと思います。

ふくろうブログTOPへ