夏かぜといっても、別に夏だけ流行するわけではありません。宗像周辺でいま流行しているのは、ほとんどがエンテロウイルス(注)感染症で、その代表的な病気は、ヘルパンギーナ、手足口病、などです。これらの病気は、それ自体ではたいしたことはないのですが、しばしば無菌性髄膜炎を合併するので、注意深い観察が必要です。
注:現在まで68種類見つかっており、欠番や重なりもあるため、71番まで背番 号がついている。ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス など、いくつかのサブグループがあるが、68番以降は面倒くさいのかエン テロウイルスという総称になっている。
エンテロウイルスは、高温多湿の夏季に流行します。その理由は、このウイルスが主に糞口感染、すなわち口から入って消化管で増殖しておしりからでていく、という感染経路をとるからです。だからプールなどでうつるのです。もちろん唾液による飛沫感染もあります。
97年の冬は暖冬だったせいか、宗像地区ではエコー30ウイルスが猛威をふるいました。本来これは、のどが少し赤くなる程度の軽いかぜです。
ところが、ときどき大当たりがまぎれこんでいて、このエコー30ウイルスによる無菌性髄膜炎の患者さんが宗像周辺で続出しました。エコー30ウイルスの無菌性髄膜炎は、91年にも大流行したことがあります。
頭痛、発熱、吐き気、この3つの図柄が揃ったら無菌性髄膜炎の候補にノミネートされた状態です。さらに、首が曲がらない、足が伸ばせない、などの診察所見が加わると本物の髄膜炎らしくなります。本物は、体が米つきバッタ、あるいは羽子板のように固まっていますからすぐ分かります。
しかし診察だけでははっきりしない、いわゆる「モドキ」の患者さんがけっこういます。診断をはっきりさせるためには髄液検査が必要です。背中に針を刺して脳脊髄液を少し抜きます。これで症状が改善します。ただし、診断と治療に不可欠なこの髄液検査を当院ではやっていません。なぜか。
髄液検査はあとで足や腰を痛がる患者さんが結構いるので、個人の診療所ではなるべくしないほうがいいからです(と考えて私はやっていません)。
エンテロウイルスは無菌性髄膜炎のほかにも、まれに脳炎や脳症を起こすことがあります。意識の障害が一番大切な所見です。97年にマレーシアや台湾では手足口病の大流行で脳炎・脳症患者が多発しました。これは例年にない現象で、ウイルス自体が毒性の強い型に変化した可能性もあります。
これまで、手足口病やヘルパンギーナなどのエンテロウイルス感染症に対して小児科医は、「たいしたことはない病気だ、たまに無菌性髄膜炎になることがあるが、それも後遺症なく治る」くらいに片付けてきました。
しかし無菌性髄膜炎の合併率が高いこと、脳炎・脳症の頻度が例年より高いことは、これらエンテロウイルス感染症に対しても、十分心してかからねばならない、甘くみないほうがいい、ということになりそうです。
夏かぜと呼ばれる病気には、他にプール熱が知られています。正確な病名は「咽頭結膜熱」で、アデノウイルスによる感染症です。このタイプの咽頭炎・扁桃炎はかなり重症感がありますが、実際に重症になることはあまりありません。